東京地方裁判所 平成6年(ワ)23084号 判決 1996年4月18日
原告
株式会社山美
右代表者代表取締役
山田善信
右訴訟代理人弁護士
竹本裕美
被告
株式会社フレグランス
(旧商号・株式会社エメロード)
右代表者清算人
熊本秀次
右訴訟代理人弁護士
山下俊之
主文
一 被告は、原告に対し、金五九六九万七二三六円及びこれに対する平成六年一二月一〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 原告の請求
主文と同旨
第二 事案の概要
被告及び訴外会社の両社はいずれも熊本秀次(以下「秀次」という)が経営する会社であったが、原告が、訴外会社に対して継続的に販売してきた宝石、貴金属等の未払代金について、被告に対し、訴外会社の法人格の形骸化又はその濫用を理由とする法人格否認の主張をしてその支払を求めたというのが本件訴訟である。
一 争いのない事実など
1 原告は、宝石、貴金属等の製造・販売・輸出入等を業とする会社であり、被告は、宝石、貴金属や時計等洋品雑貨の販売を業とする会社である。
2 原告は、訴外株式会社ラ・セーヌ(旧商号・株式会社アモレッテリエゾン。以下「訴外会社」という)に対し、毎月二〇日締切り、翌月二〇日支払との約定で、平成六年二月九日から同年五月二日までの間、別紙「売買明細書」記載のとおり、宝石、貴金属等を売り渡した。
そして、原告は、右販売品につき、訴外会社から、別紙「返品明細書」記載のとおり、返品を受けた。
その結果、原告は、訴外会社に対し、右販売代金六〇五五万九九三五円から返品代金八一万〇五一〇円を差し引いた合計金五九七四万九四二五円の債権を有していたところ、同社は、金五万二一八九円を支払っただけで、その余の残代金五九六九万七二三六円(消費税別)の支払をしない(<証拠省略>。ただし、訴外会社の原告に対する未払代金債務の存在は金額の点を除いて争いがない)。
3 被告と訴外会社は、いずれも秀次の経営する会社である。
訴外会社は、前記のとおり、継続的に原告から宝石、貴金属等の仕入れを行い、被告は、訴外会社から右商品の卸売を受けてこれを販売していた。
二 争点
訴外会社の法人格否認についての原告の主張の当否
(原告の主張)
1 訴外会社は、以下の事情から明らかなとおり、被告の販売する商品の仕入れにだけ使用されていた名目的な会社であり、その実体は全く存在せず、実質的には被告そのものであったというべきであって、法人としては完全に形骸化していたというべきであるし、また、両社を経営していた秀次は、原告からの仕入れは訴外会社、販売は被告というように両社を自己の都合の良いように巧みに使い分け、販売利益のみを被告に蓄積させて財産隠匿を図っていた上、秀次自身、接待交際費を二倍使用したいがために二社を経営していたことを自認しているのであるから、これは、まさに法人格の濫用というべきであって、訴外会社の法人格は否認されるべきである。
2 訴外会社の法人格の形骸化
(一) 被告と訴外会社の目的は、宝石、貴金属等の販売等ということで全く一致しているばかりか、訴外会社の役員は秀次とその親族らで占められ、秀次以外の者が同社の経営に関与するということはなく、訴外会社は、秀次によって、被告の販売する商品の仕入れのためにのみ便宜的にその名義が使用されていたにすぎない。
(二) 訴外会社の登記簿上の本店所在地には同社の事務所等が存在せず、他の場所にも独自の事務所はなかった。そして、被告の事務所の存在するビルの入口には、被告の郵便受けと並んで訴外会社名義の郵便受けが併置されていたものの、右ビルの事務所内でも、訴外会社独自の区画や部屋は存在せず、また、同社固有の業務というものは存在しなかった。
(三) そして、被告は、右事務所において、クレジット契約による宝石、貴金属等の販売業務を行っていたが、原告が訴外会社に対して商品を納品する場所は右事務所であったし、現に旧商号当時の被告作成の「(株)エメロードの組織概要」という書面には、担当者や電話番号等の点で被告と訴外会社が一体のものとして記載されていた。
3 法人格の濫用
(一) 秀次は、前記のとおり、被告及び法人として実体のない訴外会社の両社を自己の意のままに使い分け、財産隠匿のため、商品の仕入れは訴外会社名義で行ってこれに債務を負担させ、被告には右仕入れにかかる商品を販売させて利益を被告内部に留保させ、訴外会社名義の資産を残さないようにしていたのである。
(二) そして、秀次は、被告と訴外会社の両社を使い分けていたのは、接待交際費を二倍使用するためであったことを自認しており、また、同人は、過去において法人格を濫用して財産隠匿を図った経歴があり、今回の訴外会社名義を用いての法人格の利用は、法律の適用を免れるためのものであって、法人格の濫用に該当するというべきである。
(被告の反論)
1 原告の主張事実はすべて否認する。
2 被告と訴外会社は、その実質的経営者、業務内容等の点で関連を有することは事実であるが、以下のとおり、両社は全く別個の法人であり、訴外会社の法人格が形骸化し、その実体が被告と実質的に同一であるということはないし、また、訴外会社の法人格が濫用されたということもない。
3 被告と訴外会社は、設立時期とその後の経過、事務所の所在地、役員と株主の構成、業務内容等の点で明らかに別個の法人である。
特に、当時、被告の代表取締役に就任していた勅使川原弘子(以下「勅使川原」という)は、単なる名目上の代表者ではなく、被告の増資の際には自ら三〇〇万円を出資しており、毎日、被告の事務所に出勤してその経営に参画していたのであり、また、その後、原告と秀次が共同出資して東京に設立した新会社では同女が代表取締役に就いているのである。さらに、その商号が株式会社美由希であった当時の被告の代表取締役富森みゆき(以下「富森」という)も、現実に被告の業務に従事しており、秀次のみが被告と訴外会社の両社の経営に当たっていたというわけではない。
また、事務所については、被告と訴外会社の事務所が同一場所に併存するようになったのは、平成五年五月以降のことにすぎず、それまでの間は両社の事務所は終始別個の場所に所在しており、右のとおり同一場所に併存するようになった後も、両社の使用部分は間仕切りによって区切られていた。
さらに、被告と訴外会社の業務は、前記のとおり、販売と仕入れに截然と分かれていたし、両社の従業員や経理関係も、全く別個であった。
4 訴外会社が仕入れを行っていたのは、秀次が代表取締役に就いていない被告では対外的信用がないために訴外会社の名義を用いざるを得なかったためであり、また、被告が販売を行っていたのは、かつて訴外会社の販売員が訪問販売に絡んで逮捕されたことがあったため、同社名義では信販会社との間でクレジット契約を組むことができなかったことによるものである。
両社の業務が前記のように区別されるようになったのは、接待交際費等の税金対策という面もあるけれども、主として右のような両社の事情に基づくものであって、原告主張のような資産隠匿等の目的によるものではない。そして、訴外会社が原告に対して本件販売代金を支払えなくなったのは、平成六年五月に被告傘下の取次・代理店経営者らが刑事事件によって逮捕され、顧客からキャンセルが相次いだことに基づく偶発的な結果であって、法人格の濫用とは全く関係がない。
第三 当裁判所の判断
一 秀次による訴外会社と被告の経営の実態について
1 前記「争いのない事実など」と証拠(<省略>)および弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(一) 秀次は、大学卒業後、宝石、貴金属等の販売等の仕事に携わるようになり、昭和五五年、東京において、訴外有限会社ユニオンエコーを設立したが、同社は昭和六一年五月頃倒産した。
なお、同社の倒産をめぐっては、訴訟が提起され、かつて、本件と同様に、法人格否認の主張の当否が争われたことがある(<証拠省略>)。
(二) 秀次は、昭和六〇年一二月、被告の旧商号である熊本商事株式会社(代表取締役には白川渉が就任。本店・神奈川県逗子市)を設立したが、昭和六二年五月からは休眠状態となり、秀次自身は、昭和六三年七月以降郷里の神戸市に帰り、熊本商事の本店も神戸市東灘区田中町に移転された。
(三) 秀次は、平成二年七月、宝石、貴金属等の販売業を営むため、訴外会社の旧商号である株式会社タイムズ(代表取締役・秀次。本店・大阪市中央区南船場)を設立してその経営に当たったが、平成三年七月に知人らとともに設立した株式会社アモレッテの営む金融流れの宝石類のディスカウント販売業、次いで訪問販売業に専念するようになり、そうしたことから、同年一一月以降、タイムズは原告ら業者からの宝石、貴金属等の仕入れを担当するようになった。
(四) その後、秀次は、平成四年三月に至り、休眠状態にあった熊本商事を株式会社美由希と商号変更の上(代表取締役・富森[秀次の愛人]、秀次は取締役。本店・神戸市東灘区住吉本町)、タイムズに代わって、原告ら業者からの商品仕入れを担当するようになったが、美由希も、同年八月、さらに株式会社ハイソサイテイクラブと商号変更するに至った(代表取締役・富森、ただし、平成五年三月一五日以降は勅使川原[同女もまた秀次の愛人である。]が就任。本店・大阪市天王寺区生玉前町)。
(五) 秀次は、平成四年一一月、タイムズを株式会社アモレッテリエゾンと商号変更の上、実質的な本店を大阪市中央区博労町三丁目四番一五号所在の心斎橋谷本ビル三階三〇一号室に移転し、また、平成五年五月、ハイソサイテイクラブを株式会社エメロードと商号変更の上、その本店を心斎橋谷本ビル三〇一号室に置き、これによって、アモレッテリエゾン(訴外会社の旧商号)とエメロード(被告の旧商号)の各事務所は同一場所に所在することになった。
なお、秀次がアモレッテリエゾンという商号を選択したのは、前記株式会社アモレッテの支払によって入手する「アモレッテ」名義の領収書等について、右会社名の次に「リエゾン」と加筆することによって、これをアモレッテリエゾンの経費に充てることにするという目的からであった。
(六) そして、平成五年五月からは、右事務所において、アモレッテリエゾンが原告から宝石、貴金属等の仕入れを行い、エメロードが右商品の販売を行うようになったが、両社とも、秀次が全権を握ってその経営に当たっており、その当時、両社の役員に就いていたのは秀次及びその愛人女性のほか、秀次の妻や兄夫婦ら親族であり、また、秀次が両社に分けて右のように仕入れと販売業務を行うようにした目的は、専ら、接待交際費を二社分使用したいという税金対策にあった。
(七) そして、前記心斎橋谷本ビルの入口には、テナント表示用看板として、三階分としてエメロードの表示だけがあり、郵便受けは両社の分が併置されていた。そして、右三階三〇一号室においては、間仕切り等によってショールーム、営業事務用及び経理事務用の三区画に区切られていたが、その当時、原告が商品を納入する場所は同事務所であり、また、同事務所の従業員らが顧客に電話をかけて訪問等の予約を取り、商品の販売・発送等に当たっていたのも同所であって、エメロードとアモレッテリエゾンの両社の使用範囲等が区分されているわけではなかった。
(八) 秀次は、その後、訪問販売員等を増やすなどして販売量を増大させるとともに、原告からの仕入量を増大させていったが、平成六年三月頃、エメロード傘下の取次・代理店に対して大阪府警の内偵が入っていることを聞き知るや、エメロードによる販売に支障が生じた場合のことを慮って関東地区への進出を考え、同年三月から四月にかけて、アモレッテリエゾンを株式会社ラ・セーヌ(訴外会社)と商号変更し、自らは代表取締役を辞任し、秀次の兄の妻を新しくこれに就任させた上、本店を東京都千代田区外神田に移転することにしたが、同年五月一〇日、前記取次・代理店経営者らが逮捕され、その訪問販売商法が摘発されるに至った。
(九) 原告の担当取締役高橋毅は、同年五月一一日夜、本訴請求にかかる訴外会社に対する販売代金の支払について秀次と協議をしたが、秀次は残代金六一六六万三八六〇円の支払義務のあることを認め、これを子会社の小切手で支払う場合にはエメロード又は秀次個人の裏書を入れるというような内容の話合いをした上、高橋の手帳(甲一七号証)にその旨を記載したことがあった。
(一〇) なお、右当時においては、エメロードと訴外会社の電話番号には共通のものがあったし、また、訴外会社において仕入業務に携わっていた野山哲也(別名野山揮央)は訴外会社の従業員として給与の支給を受ける一方、平成六年四月からはエメロードの取締役に就いて両社双方の業務を担当していた(甲一四号証)。
(一一) その後、エメロードは、同年六月に株式会社フレグランス(被告の現商号)と商号変更された。
2 前記熊本秀次は、その尋問及び陳述書(乙五号証)において、被告の旧商号である美由希ないしエメロードの取締役に就いたことがなかったと述べる部分があるが、これは乙一、二号証の記載に明らかに反しており、採用できない。
したがって、前記認定事実によると、秀次は、被告の役員につき、自ら取締役に就いた上、愛人の女性を次々にその代表取締役に就かせていたというのであるから、対外的信用の面で、被告が代表取締役に就いていないというだけのことから、被告名義によった場合に商品の仕入れに支障があったとは到底考えられず、訴外会社名義でなければ仕入れができなかったとする被告の主張は採用できない。
二 法人格否認に関する原告の主張の当否
1 前記一で認定した事実関係に基づくと、訴外会社(商号は(株)タイムズ、(株)アモレッテリエゾン及び(株)ラ・セーヌと変遷)と被告(商号は熊本商事(株)、(株)美由希、(株)ハイソサイテイクラブ、(株)エメロード及び(株)フレグランスと変遷)は、当初におけるそれぞれの会社設立の時期と経緯、代表取締役、本店所在地等について異にする点があったことは被告主張のとおりである。
しかしながら、被告の旧商号である美由希は、平成四年三月以降タイムズに代わって、原告から仕入れを行っており、その後、再びアモレッテリエゾンが右仕入れ会社となったこと、平成五年五月以降、エメロードとアモレッテリエゾンの両社は、前記心斎橋谷本ビル三〇一号室の同一場所に事務所を置き、秀次は、エメロードによって、アモレッテリエゾンの仕入れた宝石、貴金属の販売を行い、その後、平成六年五月に警察による摘発を受けるまでの間、訴外会社名義による仕入量を増大させるとともに、被告名義による販売量を増大させていったこと、右両社とも、秀次が実権を握るいわゆる同族会社であり、秀次は、ワンマン経営者として、税金面では二社分の接待交際費を使用してきたことに加え、両社とも、役員の殆どが秀次の親族らで占められていたことや前記のような業務内容の共通性と原告からの仕入れについての担当の入替わり、頻繁な商号変更と本店の移転、秀次の過去の事業歴等からすれば、訴外会社と被告の両社は、平成五年五月以降、秀次が宝石、貴金属等の販売業経営のために支配する、実質的に同一の法人であるというべきであり、しかも、秀次は、右事業の経費面での節税のほか、格別の資産を有しない訴外会社の名義による仕入れを通過させることにより、買掛金債務についての対外的責任を同社のみに負わせることを企図していたものというべきである。
したがって、訴外会社と被告の両社は、平成五年五月以降、単に関連会社というにとどまらず、秀次が支配する実質的に同一の法人であり、かつ、秀次によって前記のような不当な目的から便宜的に法人格を使い分けるために利用されていたものということができるから、被告が本訴において訴外会社とは法人格が異なる旨を主張して取引先に対する訴外会社の債務を免れんとすることは信義則上許されないというべきであり、法人格の濫用に基づく法人格否認に関する原告の主張はこの点において理由がある。
2 この点について、被告は、富森や勅使川原による被告業務への参画や勅使川原による増資の際の出捐等の点を主張して、被告と訴外会社の異別性を主張するが、両社の実質的支配者が秀次であったことはこれまでに認定説示したとおりであって、被告主張の右程度の事情をもってしては前記判断を左右するには至らないといわざるを得ない。
3 そのほか、被告は、両社の業務の区分、従業員及び経理関係等について截然と区分されていた旨主張するが、この点の事情を明らかにするに足りるだけの的確な証拠はない。
三 以上によると、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容すべきである(なお、訴状送達日は平成六年一二月九日である。)。
よって、主文のとおり判決する
(裁判官安浪亮介)
別紙<省略>